日光東照宮と江戸城の北辰北斗信仰について

日光東照宮が日光に造営された理由は何だろうか?

江戸から離れる事143kmのこの地に徳川家康を埋葬することになったのは、一つには、日光は江戸から見ると真北に位置し、 これは江戸城の鬼門の方向にあたり、家康を「東照大権現」つまり江戸城の守護神として祀ったからと云われます。

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江戸城の守護神

古代中国では北極星は宇宙全体の神・天帝であり、 日光東照宮の配置を見ると、陽明門・唐門・本社、そしてその真後ろに北極星が位置していますが、 つまり日光東照宮を拝する事は天帝・北極星を拝する事と同じことであるとの意味づけと云われます。

さらに高藤氏は「東照宮を江戸城の真北に祀るということは都城制における大内裏の位置を北端に設けるのと同様の意味があったのではないか、 すなわち久能山において神として再生した東照大権現が、江戸城の真北に遷座することによって、 その神格が宇宙を主宰する神と一体化されたことを意味しよう。

つまり東照大権現を宇宙を主宰する神へと昇華せしめるために江戸城の真北に遷座しなければならなかったのである。」 と続けています。

それは密教の「北辰北斗信仰」に基ずくもので家康の信任厚い慈眼大師 天海僧正の考えと云われます。

このような意味からこの地日光に東照宮が造営されたと云われています。

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